彬(AKIRA)の小部屋―楽天分室

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「てるてる坊主」(仮題) page1

「てるてる坊主」


今にも夏の過ぎ去る足音が聞こえそうな気がした。

9月も後一週間程で終わろうとしている。
今年も例年通り私は彼女の元へと訪れた。
彼女の母は 私の母と丁度同い年にも関わらず 私の母よりも十歳は老けて見えた。
去年に比べると随分と白髪が増した感じがする。
「麦茶で良いかしら?」
そう言いながらテーブルの上に 汗をかいたコップを置いた。
「有難うございます」
お礼を言いながら去年も全くと言って良いほど同じ光景を演じた事を思い出した。

口の中で冷えた麦茶が広がり 飲み干した瞬間 体に寒気が走り 私は身震いした。

庭先から蝉が短い命を振り絞って鳴いていた。

二週間程しか生きられないのに 今頃鳴く蝉は一体いつ頃孵化したのだろう?
ふとそんな事を思っていた。
「陵(みさき)さん、アナタは何故毎年来てくれるの?」
彼女の母 一ノ瀬 渚は呟くように聞いて来た。
私は彼女の目を見つめた。
毎年思っていたが 何て悲しそうで美しい瞳をしているのだろう?
その上整った端正な顔立ち
若い頃はさぞかし美しかっただろう。
いや、今でも充分美しい。
深い悲しみと後悔が顔に刻んだ年輪さえも。

彼女に見とれたせいで少し間が空いてしまったが
「ご迷惑ですか?」
と私は聞いた。

「いいえ、そう言う訳じゃないの。
ほら、家の梨惠とあなたは同じ学校だったけど…あなたと梨惠が一緒のクラスだったのは
一学期だけだったじゃない?
その後 あなたは転校してしまったのだから…」

そうなのだ。
私と梨惠は中学校一年の頃同じクラスになり4ヶ月を共に過ごした。
しかし 私は一学期の終わりに引越しをし
この街を後にした。
しかも 梨惠とは特に親しかった訳でも無く数える程しか会話もしなかった。

実際 私の記憶の中の梨惠は朧気で どんな顔をしてたかすら良く思い出せない。

ただ 彼女の澄んだ声だけは良く覚えていた。

もう一度麦茶を口にしてから

「そうですよね。 普通は疑問に思いますよね? 
         あまり親しくなかった人間が毎年お邪魔しては…」
と返した。

暫くの沈黙の後 何処か諦めたような 泣き出したいような不思議な表情を浮かべながら 渚はほんの少し微笑み

「違うのよ? 迷惑とかじゃないの。
 むしろ嬉しい位。
 でもね、あなた以外は クラスの子は誰も来ないの。」

「お葬式以来…」


仏間からあげたばかりの線香の香が風に乗って流れてきた。

線香の香を鼻腔に吸い込みながら 私は春の教室を思い出していた。

小学校の友人とは完全に離れ離れになり 心細く不安な思いだったのを良く覚えてる。
梨惠の顔は朧気だったが 彼女を初めて見た時に 世の中は何て不公平なのだろうと思ったのだ。
朧気な彼女の顔は 思い出そうとする度に春の光に包まれてぼやけていたが 仏間に飾られた 今は亡き梨惠の遺影を見る事で その頃感じた思いを納得する事が出来た。

遺影の彼女は パッチリした目を輝かせ花の様に微笑んでいた。

その顔は 目の前に居る渚に良く似ていた。

生きていれば誰もが振り向く美女になっていただろう。
もしかしたら芸能人にでもなっていたかも知れ無い。

そんな事を思いながら渚の質問に答えた。
 
「お母さん、私は確かに梨惠さんとは僅かな時間しか過ごしませんでした。
それでも 私は渚さんの事件を聞いてから
彼女の事を思わなかった日は無いんです。
クラスの子達が来なくなったのは 何故だか分からないけど 私は居ても立っても居られなかった…」

渚は俯いていた。
良く磨かれたフローリングの床に 小さな水溜りが出来ていた。




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